最寄りの首都高の入り口を思い浮かべながら、羽田空港の向かいの人工の島までの
道をシュミレーションする。そんなに首都高には詳しく無い。ETCはセットされている。
カーナビは使わない。迷っても、あるいはたぶん迷ったくらいの方がいいだろう。
味気ない方向指示を聞くよりは。
なんと言っても台風しに行くわけで、目的地のある移動では無いのだ。
首都高を南下するうちに弱かった雨が激しくなる。台風のためかもともと少ない交通量は
いつも以上に減っている。日曜の夜中にドライブする人間はそれほどいない。
ワイパーは滝のように流れる雨を左右に弾き飛ばしていて、雨音は全ての他の音を
遮っていて、繰り返し聞いた事のある僕にしかその歌詞は聞こえないだろうし、
ただでさえ単調で意味の無い単語とリズムを繰り返しているKRAFTWERKは
ほぼ完全に意味をなさない。
女の子は無言で、雨が斜めに通り過ぎるサイドウィンドウから滲むビルの明かりを
覗いている。あるいは何も見ていないのかもしれない。
僕も気の聞いたせりふが思いつくわけでも無かったし、
何か言ったところで聞こえるとも思えなかった。声の通りが悪いのだ。
視界の悪い東京の夜を黙々と走る。
「きみみたいにきれいな女の子」について少し考える。
ピチカート・ファイブ。結構お気に入りの曲だ。何年前に流行ったのだろう。
そう言えばわがままな女の子が夜中に出かける歌詞だったっけ。
レインボーブリッジを渡り高速を降りて島に向かう間、
女の子は誰かにメールを打っていた。
僕は雨で見えなくなったセンターラインをいくつかまたいで、
夜間は無人になる島への橋に向かった。
台風でも日曜でもきちんとトラック運転手は仕事を遂行しており、
紛れ込んで難なく島に入る事が出来る。
以前立ち入り禁止の看板を見た事があったような気がしたのだけど。
気のせいだったのかも知れない。
「空港がその先にあるんだ」
車に乗ってから、一言も話していないせいで僕の声はどこか他の誰かの声に聞こえた。
女の子は特に何も言わず、こちらに一瞬首をかしげた。
僕は飛行機が好きだった。そういう事を説明しようかと思ったけれど、
女の子を見ているとなぜか黙っている事が極めて自然な事に思えた。
僕も再び黙る事にした。
リサイクル工場の脇に車を止めて、エンジンを切ると雨が風とともに
幌を打ちつける音だけが響いている。
僕達は同時に車を降りた。