目が覚めると分厚いカーテンの隙間から日差しが
入り込んでいるのが見えた。角度からして昼の1時か、2時くらいと見当をつける。
その光の中に埃が浮遊しているのが少し見える。
枕元にある携帯は2日前に電源が切れていたし、
この家には時計が1個しかない。
その時計も時間がずれているしここからは見えない。
目に付くところにかかっているカレンダーはどこかの島に浮かぶ
古城の写真で、去年の冬だ。
それにしても静かすぎる、と思う。
家は別荘地を縫っている私道を下り続けた行き止まりにあり、
鬱蒼とした笹とシラカバ、それから何か分からないが木々が周囲を囲んでいる。
虫の声も風の音も、なにか動物が立てる音すらしない。
ただ、数十秒か、あるいは数分おきにこの家が鳴っている以外は。
家が鳴っている、というのは説明しないと分からないかも知れない。
私はエアコンの音に関する設計業務をしている。
エアコンにおいて、音というのは注目すべきポイントでないことは
明快だが、しかし私はこの仕事を誇りに思っている。
寝苦しい夜にエアコンの音でさらに寝苦しくなった経験なら
あなたにもあると思う。
エアコンは無数の音を立てる。
ファンの風切り音、振動、風向を調整するフィンの動作音、
コンプレッサーの動作音。
神経質な私のような人間にはそれら全てが眠りを妨げる。
それらの代表的な音とは別に、エアコンが停止してから立てる音がある。
冬場、エアコンを暖房運転にして、切る。
暖まったエアコンが冷えてきて パキッ という音を立てるのだ。
もちろん夏場でも起こる。
この音を我々は「鳴り」と呼んでいる。
音の発生原理はそれほど難しくない。
私はこの、エアコンが鳴ることは嫌いではない。
ランダムで、まるで生き物のようで、定常的でない。眠りを妨げない。
しかし私はこの「鳴り」も消しにかからなければならない。
そういう仕事なのだ。
電気機器は構成される部品が異なる材料で出来ている事がほとんどである。
代表的なのはプラスチックと金属。
プラスチックと金属は線膨張係数が異なる。
すなわち、温度の変化量によって物質が伸び縮みする量が異なる。
金属とプラスチックがはめあわされた部分などで、
それらが伸び縮みし、2つの部品間で静止摩擦力の限界を超えた瞬間に
部品と部品が動き、その摩擦によって引き起こされたエネルギーの一部が音となるのだ。
もちろんその発生カ所を特定するのは容易ではない。
しかし私は仕事なのでそれらの発生カ所を特定し、
勘合の形状を変えたり材料を買えたり、あるいは潤滑剤を塗布することで音を消す。
その、「鳴り」がこの家では起こっている。
太陽光によって温められた場所とそうでない場所、
あるいは一様に温められたとしても線膨張係数の異なる
物質が合わさっている部分。
パキッという音
ムッ、という音。
家が鳴っている。数分、数十秒、数十分置きに。
それらに混じって石と石と軽く当てたようなコツという音が時折聞こえる。
家を構成するのは木とガラスと、窓枠などのアルミ、鉄だろうか。
仕事柄、金属とプラスチックの鳴りは耳慣れている。
パキッというのはそれに近い。
ムッ っというのはおそらく木材と何かだろう。
しかしコツ という音の発生源が全く分からない。
それはこの場所と家と、隣で全く音を立てずに寝ている女と
私の今の状況が全く思い出せないのと同様に
重たい頭の中でコツコツコツコツと反響し続けていた。