村上龍の小説で目を閉じたときに網膜に浮かぶ画像というか、
映像を絵にしている登場人物が出てくる。
目を閉じて太陽の方向に顔を向けたりとか、
強く目を閉じると浮かび上がる
暗闇の中の緑っぽい光なのか何なのか、そういう映像だ。
その小説の事を思い出したのは成田に向かうバスの中で
このところ真の暗闇で寝ていないな、
という事を思い出したのとほとんど同時で、
再度思い出したのは成田のラウンジだった。
航空会社の所有するラウンジの中は一種独特な雰囲気がある。
私ステータスがあるのよ、というオーラをとにかく不躾に出している女や、
どことなく散漫か人を見下す態度の人間、
マイレージ・マイライフという映画はそのあたりとてもうまく表現している
と思いませんか?
と隣の男が話しかけてくる。気がつくと暗闇に浮かび上がる映像と、
同時に暗闇で寝ていない事を話していて、
暗闇ならそこここにありますよ
と男が言い、私が何か違和感を感じた瞬間ほら、
と言いながら空間を指差し円を描いた。
その円が平面の漆黒の闇になり少しづつ広がり始めて
周辺から奥行きの全く分からない空間を作り始める。
いや、暗闇で寝ていないっていうのは、
単純に部屋のカーテンの遮光率が低いんですよ。
透過率が高い、というか。
昔、小岩にある、かつて日本旅館だった家で
良く友達と集まったんです。そこの家は雨戸を閉めていたのか
あるいは遮光率の高い障子ですね、
まあそんなものがあるとすればなんですけど、
とにかく電気を消すと本当の闇でした。
始発の総武線が動き始めるのが外の音でわかるんですけどね。
そう私が言うと、ふむ、と男はうなずき
私も総武線は嫌いじゃないです。
と言いながら、既に3mくらいの直径になっていた
漆黒の空間の端っこを触り、指を稜線に滑らせて一気に闇を収縮させた。
闇はだいたい直径10mmくらいの球になっていた。
これはあなたにあげますよ。
機内持ち込みも出来ますし。
そう言いながら男は最初から用意されていたような
10mmの闇が入る白い箱を取り出して箱に入れた。
闇は箱の中で一瞬粘性の高い液体のようになり、白い箱を侵食しかけた。
男がおっと、と言いながら箱をトントン、と叩くと球状に戻った。
そこまで考えてから、偶然ラウンジに入ったのだがやはりここには
馴染めないような気がして、比較的美味しいココア・クッキーを
3個食べてから出発便のゲートに向かった。
クッキーは持ってきていない。
ラウンジの中で食べなくてはいけないのだ。