tokyo adrift 2006 01 東京アドリフト

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 東京をクールにアドリフトする、というのが23歳の僕の目標で、
それは概ねうまくいっているように思えた。
雑誌から切り取ったような、あるいは誰かはドラマに出てくるような
と言うかもしれない。誰もがそういった作られたイメージに軽い憧れを持っていて、
現実はもっと退屈な事を許容していた。

 僕は雑誌もドラマも全く見ない。
世の中の大抵の女の子達とは話が合わないかもしれないけど、
大量に作られたイメージに傾倒しがちな位置からは離れたところに居たかった。
それなりに流行っている音楽を聞き、小説を読み、そしてたくさんの
アートスペースに足を運び、生活感をこっそりと消し、
自分のスタイルを作ってアドリフトを続けていた。
 そういうのがクールだと思っていたし、それ以上の生活が出来るわけでも無かった。

 夏がまだ、東京から離れていない時期だ。
「台風しに行かない?」
電話がかかって来たのは午前3時過ぎ、僕はちょうど電気を消して寝る準備をしていた。
当たり前だ。真っ当な人間は3時にはレム睡眠の最初の周期に入ってるはずだ。
 でもディスプレイには「きみみたいにきれいな女の子」という表示が点灯していた。
登録した記憶はもちろん無い。
暗い部屋にしては明るすぎる表示を見てまぶしさに目を閉じ、
そのままバイブレーションを消して眠りに潜り込むつもりでボタンを押すと
通話状態になってしまっていた。静かな部屋でマイクから声が聞こえる。

「台風しに行かない?」
 きれいな女の子のお願いだったら別に断る事も無いので「いいよ」とだけ返事して、
枕元のスタンバイ状態のPowerBookを立ち上げ
スペックの落ちた気象衛星からの情報を簡単にチェックする。
台風の中心部は東京湾を通過中でどうやら今は雲の切れ間のようだ。
外が静かになっている。コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

 10年ほどで1000枚くらいになった部屋の中のCDから
Yukihiro FukutomiとKRAFTWERKのCD2枚を苦労してピックアップして、
あまり防水のきかない軽いジャケットを着て車に乗り込む。
 後部座席には大きめのバスタオル2枚と着替え、
ステンレスが中空になっていて保温性の高いTHERMOSのポットに入れたミルクコーヒー。

 じゃあ目白駅の前で、20分後。と言って電話を切った女の子は、
もう一度会えればいいなと思っていた女の子だった。

 目白駅前は工事中で、いつも通り誰もいない。
「どうぞ」
吹き付ける風で飛んでくる雨に濡れないように傘をさしながら
紳士的に助手席のドアを空け、女の子を乗せて駅前をUターンする。