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CEATEC2004: Docomo premini s ドコモの携帯

お次はDocomoブース。
なにやら人だかりが出来ていると見てみると、
新コンセプトの携帯が4機種くらい出ている。

preminiをもうすこし丸っこくしたpremini s、
色は白と、なんて言うかムラサキスポーツみたいな色。ソニーエリクソン。
preminis.jpg
preminiligh.jpg
preminiboard.jpg

MDプレーヤーのような
Music porter.これは三菱。

携帯自体に布のような、カバーが本体と一体化している
Lechiffon。興味ないで見なかった。

ちょっとauぽいprosolid。これも見なかった。

board.jpg

写真満載。

paradox

量産設計は常にどこかにparadoxを抱えているのではないか、
という命題に対し、それはその根本にあるCD/VAが影響を与えている
ためではないかと考察することが出来る。

そもそもCost DownとValue Addedは完全に相反するものであり、
その両立は不可能なのではないかと思われるからだ。
しかしながら、当然、実行していくのが量産設計である。

量産設計において、誤差を許容しつつ完成形を作ることが、
最も大学で行っていたような設計と相違する点だ。
ここで、設計概念は大幅に覆される。

積もり積もった誤差が許容できなくなる大きさまで広がった時初めて、
それを許容すべき設計にする必要があることを本当に実感する。
seeing is believingそのものの世界だ。

いずれにしても、形あるものが実際に出来上がってくると、それはそれで
とても嬉しい。

CEATEC 2004 No.2 メモ

CEATEC、Edy番号の登録をすると、ピッ!と入れるらしい。
おさいふケータイとかでも入れる。
社員証を登録してみた。
5日に行くことになった。誰か一緒に行ける人いない?

ちなみに番号は、am\pmとかで買い物するとそのレシートに書いてある。
もしくはカードの裏側に書いてある。
もしくは、PasoriでEdy Viewerで残高確認をして、
それを保存するととテキストファイルになるので
コピペで簡単。

http://61.195.172.240/ctec4/asp/contents/view/visitor/inf_detail.asp?la=0&d_id=4984

None But Air

そんなこんなで今日も代々木0:41発の総武線で
たぶん終電だったわけだけれども、
(たぶんっていうのはつまり、それが終電なのかどうなのかをよく知らない)

あまりに本に夢中で、気づいたら見慣れないホームが
車窓から見えた。東京行き終電です、という声も聞こえたので
とりあえず降りると水道橋。やっちゃったよ。一駅多く乗ってるよ。

タクシー乗ろうかと一瞬考えたけど、水道橋の交差点から
飯田橋の交差点って、見えるんだよね。それくらいの距離。
車だと1分。自転車だと2分。歩くと7分くらい。

ということで東京ドームの脇をテクテク歩いて、帰ってきました。
ちなみにそんなにまで夢中になった本は森博嗣のナ・バ・テア。
None But Airを森氏風に読むとこうらしい。

それはちょっとやりすぎだ、と思う。
ちなみにスカイ・クロラの続編です。Sky Crowler
ねたばれしそうだからカスタマーレビュー読まないで買った方が良いと思うよ。
少なくともスカイ・クロラは文句なしにオススメ。


感想はそのうちここに書きます。まだ読み終わってないし。


Roland

さっき水道橋から飯田橋をテクテク歩いていたら、
東京ドームが先に見えて、東京ドームホテルがそびえていて
それからトヨタの大きなビルがあって、(1階にF1が置いてあったのが見えた)
とても広い、

ただし一台も車が止まっていないコインパーキングがあって、
(以前はかなり高級なマンションのモデルルームだった)
その駐車場の奥には後楽園庭園の森のような木たちが見えた。

その先はエリクソンの大きなビルで、(一階はスタバ)
左側はずっと神田川と、その上を走る首都高があって、
大通りはタクシーがのべつまかなく走っていた。

とにかく人っ子1人いなくて、すこし歩いた妙に光るビルの一階に、
RolandのCAD/CAMシステムが展示されていた。

真夜中にそこだけライトアップされたCAMと、その横で図面がPC画面で
光っている。なんのための演出なのかまったくわからないけど、
それは大学の研究室で使っていたCAMの最新型だったし、
大学では真夜中にずっとCADで設計してCAMで加工していたし、
以前自分の家用に買おうかと一瞬迷ったものだったので
思わず一瞬立ち止まって見てしまった。

まあでもやりすごして、大江戸線の飯田橋駅を横目で見て、
警官がはるか遠くでじっとこちらを眺めていて、
警官の横を通って自転車置き場まで到着したわけだ。

ちなみにRolandっていうとキーボードとかで有名だけど、
こんな製品をたくさんだしてます。

まあなんていうか、買えなくもないよね。

dizzy, dizzy, & dizzy

もともと、色々な作業をする時に
「修正して修正して修正してみて実際にどうなってるか確認して
修正して修正して修正・・・・」

という極端なまでのトライアンドエラー方式を
小さな頃から何事に置いても行ってきたせいで、
仕事でかなり他人に迷惑をかけることになっている。

コンカレントエンジニアリング的な作業方法を採っている現在、
自分の修正は他人の修正に即繋がり、修正が修正を生む。

ラピッドプロトタイピングで出来上がった試作モデルをみながら、
その修正はモデリング自体の無秩序な構築のために遅々として進まない。

戒めろ。創造しろ。再構築しろ。

self modify

部屋が欲しいと思う。完全に新しい部屋だ。
壁の色からペンの一本まで、選ばれたものしか
配置されないような。

そういった感覚というか、センスを身につけなくてはならないと思う。
意図的に自分をmodifyした経験がいくつかある。

例えば、一つは小学生の時。
毎週か、毎月か忘れたが塗り絵をして、出来の良い物には
金色・銀色の折り紙の切れ端が右端に貼り付けられる
という行事があった。

僕は何でもかんでも様々な色を使って塗ること=きれい
だと思っていて、それを毎回やったが折り紙が貼り付けられた事は
なかった。とにかく色鉛筆は全て使う。そんなスタンスだった。

それが低学年の時で、高学年になってから、突然
「カラフルに塗ればよいってわけじゃない。」と気づいた。
一回だけ、七夕の絵で、笹につけた短冊を様々な
色で塗り分けて、銀色かなにかをもらった事があり、
それも「ああ、あれは元来カラフルなものだし、配色が確かによかった」
と気づいた。

それ以降、カラフルという路線はすっぱりやめ、このサイトのように
黒+青 もしくは青+白 をベースにした色をコンセプトカラーにした。

同じように、もう一つは中学の1年から3年くらいの間に、自分の文字を変えた。
それまで文字ははっきりとした濃いもの=きれい
という認識があったが、周りの反応や当時とても影響を受けた
クボの文字を見ていて、割と薄い流れる文字に変更した。

こういう自分自身の意図的な変更って、みんなどれくらいやってるんだろう。
そろそろ建築とか、そういう分野での知識+センスを持って
自分なりの空間が作れるようにmodifyするべき時になったので
書いてみた。

blacked-out

このままだと、視力が無くなって暗転してしまうんじゃないか、
というくらい最近視力が落ちてきた。片側だけちょっと入った
乱視と左右で視力が違うような気がするが同じ度数の
コンタクトをしているためだろう。気をつけないと。目を休めないと。

最終手段はアメリカでレーザー治療だ。

minder after キャリアプラン

Massive AttackをBGMにして村上春樹のねじまき鳥クロニクル
読んでいるとそれらが現実から乖離するのにぴったりなスパイスに
なってしまって、基本的に戻るのが難しくなってしまう。

「今私のまわりにいる人たちは、3年後の自分の居場所が
だいたいわかっているひとたちです。あるいはわかっていると
思っている人たちですね。」

キャリアプランって、全然今のところ無い。
色んなところで人に聞かれて、「うーん特にないですね」
「海外赴任も別に希望していないし、出世したいとも特に思わない」
と答えると聞いた人たちは大体、哀れみを含んだ目でこちらを見てくる。
ああ、こいつ将来考えてないな、的な意味合いなんだろう。

3年先なんて見当もつかない。
自分の人生が、ほとんど働いているだけの日が
これから先数十年続くとは考えがたい。



shiftdown

ここらでシフトDownして少し考えてみよう

いくら速くても、目的地を誤っていたらそれは逆にロスになるしまわりも見えないかもしれない

いくらいそがしいと言っても
それは全く言い訳にはならないのだ