先日もう取り壊される大きな建物の中に入った
人気はなく、空調が全く入っておらず
むっとする暑さとよどんだ空気が広い空間を覆っていて、
フロアには沢山の事務用品が集められていた
「空調が止まってしまっていて。
でも今日はましな方です。」
懐中電灯、ガムテープ、ファイル、ゴミ箱
廃棄マークの取り付けられた古い冷蔵庫。
フロアを横切って窓際まで行くと、案内してくれた人が言う
この中から選んでください。
段ボールに入れられた時計がそこには50個以上あって、
その大半は直径30cmくらいの壁掛け時計だった。
パタパタとパネルがめくれるタイプの置時計もある。
1つだけ20cmくらいの、シンプルなアルミ外装のものを選ぶ
遠くから車の音が聞こえる以外はとても静かな空間で、
それまでは気づかなかった
段ボールにすら消されるような小さな音で少し離れると変わる
無数の時計の時を刻む音が聞こえてきた。
カチカチカチ、ではなく
それらは重なってカカカカカカチ
という風に聞こえる。
時計の音だけ。
気がついて、あっ、
と僕は少し固まってから、手に取った時計を見た。
それはもう止まってしまっていた。
もうひとつ、濃い紺色の立派なやつを選んで、
じゃあこの2つで。
と言って立ち上がる。
「あ、でもそれ。」
案内してくれた人が言う
大丈夫です。電池が無いだけだと思うので。
そう話しながらフロアを横切る。
もう誰も居ないんです。
私だけ最後の処理をしています。
ここにあるの、全部捨てちゃうんですか?
いえ、大丈夫です
他の建物に。
そうですか。
それならいいですね
それからエレベーターで一階まで降りて、
裏口の裏口みたいなところから外に出た。
セミが鳴いていて、でも確かに今日はいつものとても強い日差しはない。
ここで働いていた訳ではないから
あまり感想は持たないけど
働いていたら結構悲しくなったかもしれないな
と思いながら緩い坂を登って帰った。