digital divide / Netaholic

販売応援は本当にデジタルデバイドを実感できる。
情報格差といえば、真保裕一の黄金の島という作品で、
バンコクの貧しい人たちが「日本へ行けば何とかなる」という
情報だけを頼りに、身の危険を顧みず日本への密入国を
命を賭して行う描写が、「なるほど。こういうのを本当の意味で
情報格差というのか」と思わせた。

情報のほとんどはネットで検索し、家電や本・CDなどの
買い物を95%以上ネットで注文している僕にとって、
まずパソコンを持っていない、という人たちがこれだけ多くいる
という状態を実感できたというのはかなり大きい。

自分は気づいていなくても、明らかにこのブログを読んでいるような人たちは
information havesの立場であり、世の中にはinformation have-nots
である立場の人たちの方が遙かに多い。

職場は当然havesだし、今までの生活(中学・高校・大学)もhaves
だった。そのせいでhave-notsそのものを実感できない状態にあった。

そしてinformation have-notsの立場にいる人たちがこの先
information havesの立場に移行するのであれば、
ネットでの通販は右肩上がりにまだ上昇する。
アマゾンしかり、楽天しかり。

しかし店頭に立っていて、テレビを買いに来たhave-notsの人たちのうち、
これから先、死ぬまでパソコンに触れないだろう人たちは
感覚からいって半分を超える。

結局、テレビのような単純さがPCに求められている。
(ある意味では今のデジタル対応テレビはPCと同じだ)
こんな陳腐な事を言うのも、本当に実感したからだ。
誰にとってもあまねく使いこなせるよう技術者はすべからく単純化すべし。

物理的な動作が必要な入力デバイスが無くなり、
人間の質問に答えるエージェントが現れ、
意志を反映する新たなデバイスが取り付けられる。
そこまで行かなくても近くまで行かないと、なかなか
デジタルデバイドは埋まらない。

誰にとってもあまねく使いこなせるよう技術者はすべからく単純化すべし
である。うらに膨大な処理があったとしても、それを表面に
出してはいけないのだ。優れたテクノロジーはその存在感を感じさせない。
説明書は必要ない。
自動ドアみたいに、自然に生活に入り込めばいいのだ。

その話とはべつに、
インターネット依存症みたいな症状は軽いものがどんどん増えていくだろうし、
そういった意味では今から(今さら)でもネットを利用した何らかの利益追求の
行動は間違っていないとも言える。
まあとにかく、ブログで解雇されないようにして、
万が一解雇されてもある程度生活できるくらいのhavesな立場にいたいものだ。

ところで誰かこれクリスマスにプレゼントして。
Blue Stripe(TOKEN/GLASS PAPERWEIGHT)