morphine モルヒネと親知らず

#その時僕が考えていたのはベトナム戦争でした。
#このエントリーにはグロテスクな表現が含まれます。

歯科医が用意していた麻酔は3本、20mlくらい
入っていると思われるガラスの円筒状にそれぞれ微妙に
サイズの違う注射針が取り付けられている。

時間は15時を回ったあたり。
流れ作業的に行われる抜歯作業のうちの、最初の段階である。
麻酔を注入するためにその注射器にはかなり大きな、
コルク抜きのような取っ手が取り付けられている。

若手の歯科医がまず、麻酔を注入する。
親不知の周辺だ。
こんなに入るのか?と思われる位の量の麻酔が注入され、
最後に空気の入る音がする。プシュ。
血管に空気が入れられると心臓に達し、
その結果死に至るけれど麻酔に関しては問題ないのだろうか。
いったいどこに麻酔を入れているのかわからない。

時間が経つと徐々に右側の感覚がなくなってくる。
舌も麻痺してくる。
舌で右ほほを触っているつもりなのだが感覚が無いので
わからない。

電動の椅子の上で半落ちの続きを読んでいると
麻酔が十分に浸透した頃、年配の歯科医が現れる。
特に説明も無いまま、リューターで下側の親不知を削り始める。
歯科衛生士が安全メガネをして、
削りかすを吸引し始める。

高速で回転する歯(じゃなくて刃)は見えないわけで
想像するしかないのだが当然削られた歯がとびちり、
そして歯が摩擦によって焦げるイヤなにおいがする。

やがてペンチのようなものを持ち出した歯科医が
引っ張るとミシミシという音と共に、あごから歯が外れる
感覚をおぼろげながら感じる。
下側の親不知はそのようにして、3つか4つの破片として
あごから取り除かれる。
上側の親不知は普通に取り除かれた。

結局のところそのようにして僕の親不知は抜かれ、

モルヒネが足りない状況での手当を思い、
あるいはこんな簡単な抜歯ですら
すでに土日が潰れるほど怠い感じになり、

スペイン人のおばさんmariaが6ヶ月ぶりくらいに
メッセンジャーで話しかけてきたときに、
お久しぶり 昨日歯を抜いてとても怠いんだ
と言おうとしたけれど、
mariaが「お久しぶり。長い間大変だったわ」
「どうしたの」
「ガンの手術をしたの、髪の毛もようやく生えてきた」
と言い始めたときには

やはりこんな簡単な抜歯ですら
体力が奪われるのに
お腹を切り開いて行う手術が
どんだけ大変かということを実感したのだ。

いや実感はしていないけれど想像することは出来る。
ともかく、

チュッパチャップスをねじ込んでもこんなに膨れないだろう
というくらい右ほほが腫れているのだ。
まったく。

参考
本当の戦争の話をしよう ティム・オブライエン