木粉粘土

木粉粘土を100円ショップで買ってきてバターナイフで形を整えたものと、絵の具をすこし混ぜたものでたまごを作っていたところ、パパが作ったものはデザインみたい、と5歳の娘が話した。デザインとは何なのかそのときうまくこたえられなかった。

バターナイフで整えるのは実は結構難しくて、特にこういったコンクリートで作られた造形みたいな形は、片方を平面にするともう片方が平面で無くなっていって際限なく形を整えなくてはならなくなってくる。それと、角を表現するのが思っている以上に難しい。やってみるとわかる。確かにそれで出来た形状は、幼稚園児が工作した作品には見られない形のようにも見える。全くそれ自体は意味をなさない似非だけども。

コンクリート感を出すためにはほんの少しの黒と白の絵の具が必要。ねんのため。

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木粉粘土はとても軽くて 紙粘土よりも何となく扱いやすいのでおすすめ。

コンビニ人間

コンビニ人間を置いてあった文藝春秋で読んだのだけど、これの読後の衝撃が大きかった。まず救いのなさ、と思ってしまう事自体を躊躇わせる人と人との価値観の違い、感じ方の違いに優劣をつけてしまう自分自身をどうしたらよいのかわからなくなるという意味での衝撃。

次にamazonレビューを読んでみての、首尾一貫して描かれる主人公の特異と思われる人物像をとらえた描写ではないところに着眼点が行っている全体の流れ

ものすごく読者層が広がったのではないかと思ってしまったり、それは本質を理解していないんじゃ無いかと思ってしまう、その事が間違っているのではないか、別に間違ってもいないしそれぞれそのようになっているのではないか、という気持ちにさせられる。

シダトレン(スギ花粉症を対象とした減感作療法)飲み始めました

シダトレン
シダトレン なんと言っても3~5年+すべての患者さんに効果が期待できない がインパクト。

ざっくり言えばスギ花粉を毎日飲み込むことでアレルギー反応を抑えるというシダトレンという薬の服用を開始した。なんと製薬会社公式のアプリがあり、毎日の服用を忘れないように記録できるようになっている。

インフォームドコンセントの資料(上青木森クリニックというところがPDFをUPしていたのでリンク)が一番詳しい。

これが公開されておらず、医療機関のwebなどでは抜粋する形等で紹介している。

ともかくこの資料では、治療は3~5年かかりますとの表記。しかも毎日服用。厳しい日々の始まりである。しかし体験談を見ていると1stシーズンから症状が激減している人もいるので、そちらに期待したい。 続きを読む シダトレン(スギ花粉症を対象とした減感作療法)飲み始めました

takao

高尾山登ってきた。ケーブルカーは使ったけど、2歳児が全て自分の脚で登り降り(正確には、10mくらいだっこした)、5歳児はきちんとリュック背負って上り下り。599 museumがおしゃれかつおいしかった。それにしてもお手軽だなあ高尾山。。驚いた。

DSC06257 続きを読む takao

おばけ紙粘土

おばけ紙粘土
おばけ紙粘土

子供と紙粘土で遊んでいたところ、なかなか紙粘土が無くならないので粘土を消費する目的で、円筒形の土台とコップを作ってたんだけど、コップが想像以上に難しく、おばけに切り替えた。
おばけなら結構簡単なので、子供と紙粘土で遊んでいてなかなか紙粘土が無くならなくて小さな動物とか、トイレとかが永遠に出来ていく状況を打破したいみなさまにおすすめする。

その日は目をペンで書いていたんだけど、子供が寝てからくりぬいて
今朝少し遅く起きると何か違和感がある。
なんか粉があるし、問い詰めると右目を上の子にさらに拡大されてた。鉛筆で。

光源はMESHのLEDタグで、
おばけが近づくと目が光る、みたいな説明のインタラクティブな紙粘土おばけも比較的簡単にでき、
夜9時になるとおばけが来た、とか
うるさくしているとおばけが近づいてきているのがわかるランプ的に使おうか思っている。ただ紙粘土はもろい。ニス塗ればいいのかしら。

SAKANAQUARIUM

いやこのライブほんとにいけばよかったなあと思いました。ほとんど後悔に近い。

従兄弟が撮影した映像、だいぶ前に買って音源だけ聞いてたんだけどようやく見ることができた。とにかくすばらしい。従兄弟の映像は既にアイデンティティがあるので一度ティザーだけでも見てみるとよいかもしれない。ライブって撮りなおしできないだろうから大変だろうなあ・・

サカナクション

サカナクション/SAKANAQUARIUM 2015-2016″NF Records launch tour”-LIVE at NIPPON BUDOKAN 2015.10.27-

怒りドライブ

最近気づいたのは
自分には目の前に存在する比較的明確な悪い要素に対する怒りだったり、なんとかしなくちゃだったり、あるいは打ち負かすべきみたいなそういった動機が自分自身のやる気の原動力なんじゃ無いかっていうことで、

そのやる気は上記の悪い要素に対して何かをするという事だけではなく、自分自身の状態にまで影響を与えて、間接的に何かやるという行動にまで発展する。

つまり目の前に悪いやつがいないと極めてのほほんと過ごしてしまい、比較的広くやる気が出ない。

これ構造変えるとだいぶなんか人生が楽になる気がするんだけど。楽になるとやる気が出ないな。仮想敵みたいなものが必要なのか?面倒。

コンテクストを紡ぐのです

コンテクストを紡ぐのです、イノベーションにはそれが不可欠です、みたいな最もらしい事を話している人がいたとして、その人が果たして過去にイノベーションを起こせたことがかつて一回でもあったのだろうか、という疑問にたどり着く。

物事の考え方を明示して、わかりやすく枠組みを見せて、その枠組みについて蕩々と語ることそのものをビジネスにしている人たちがいたとして、

その枠組みは確かに何も気づいていない人には有効だったとしても、そんなことにも気づけていない人間に何かを起こすことが出来るのか?わかったつもりになるかもしれないが、おそらく最もらしい事を話している人以上の状態にならないんじゃ無いか?と思う。

言語化や体系化できないあるいはしていないかもしれないが既に自分でそれらの存在に気づいている人間がこれまで起こしてきたことがそれであり、

わかった気になって

精度は上がったかもしれないけど絶対的なセンスとか嗅覚とか、そういったものが無い人には無いままなんじゃ無いか、
妄信するところまで行かなくても、枠組みや手法を当てはめることに四苦八苦し、いつしかそれが目的になり、当てはめることに満足してしまう、消費してしまうのでは無いかと思う。

もうちょっと教育のような観点とか、あるいはその人のスキルを底上げする方向ならまだ良い気もするんだけど、

時間だけでなく、どこかから現れた、それが自分の懐からではないかもしれないが、お金までもが消費される場になっていく。

時間コストについてはとても最近重たく考えるようになってきている。

逃げられるうちに逃げとけよ