Tokyo Submarine Airport 1999-2006 07

 起きた時の状況は寝る前とまったく変わっていなかった。音のしない世界と眩しい光。

 コンピューターはとっくに仕事を終えていた。普通に言えば、僕は13時間あまり眠っていたようだ。暗号を解読出来るソフトと、簡単な知識を送ってくれた友人に感謝しなきゃなと思った。

 プロジェクトのアクティブページには、まずものすごい量の個人データがあった。653年、計画が始まったと思われる最初の年をNo.1とし、No.3704までの個人データだった。この全ての人物が夢に入ったのだ。ナンバーをつけられた全ての人物の名前が、さらに圧縮されたアクティブファイルにジャンプ出来るように表示されていた。
 個人データを流し読みすると、そのほとんどが夢学者だった。僕は機密プロジェクト全体をまとめたページの解読をコンピューターにやらせた。海から出る事の出来ない僕たちを、唯一の接触点である人の夢を使って地上に出ようとする計画が打ち立てられていた。しかし計画の意図は計れなかったし、計画が成功せずなぜ今だ進行中なのかもわからなかった。夢に入った者の出口は地上にしかなく、地上に出たものは水を使ってサブマリンエアポートとの交信が可能なはずなのだ。交信が行われた時点でプロジェクトはいったんそこで終了するはずだ。でも僕の考えはどこかで間違えているのだろう。僕は先ほど見なかった個人データをきちんと見る事にした。
 100人ほどデータを続けて見た僕は、もう100人分を期待せずに読み飛ばした。全ての人物が夢から出られなかったり、海に戻った場合も、夢から出た途端死亡していた。どのデータも同じだった。だから計画は進行中なのだ。その目的はなんにせよ。僕が出発する3週間前のデータも、同じように死亡で締めくくられていた。
 止まった時に出会った者は独りもいなかった。もちろん。
 僕は長い時間考えた。そして一つの結論に達した。止まった時に出会った者はいなかった、というのはおそらく違う。夢から地上に出た者はみなこれを経験し、自分の時が流れ(何十年も)、そしてそれが終わった時、つまり彼らが死んだ時また世界が動き始めたのだ。第三者から見ればそれは夢から出た瞬間に死亡したように見える。
 僕は混乱した頭でできるだけ冷静に考えた。時間は十分過ぎるほどあった。でも学者たちも抜け出せなかったこの時間の停止した世界から僕が抜け出せるとは考えにくかった。僕はふと、一つのことに気付いた。今僕が触っている水は時が動いている。もし僕が海に触れば、海は動き出す。それはつまり、サブマリンエアポートが動き出すという事だ。しかし、過去に止まった時に出会った者たちがこれを思いつかなかったとは考えにくかった。彼らにも十分過ぎるほど時間はあったはずだ。つまり、彼らの時は止まらなかったのだ。僕が初めてなのだ。僕が初めて、夢から出て生きている。そして時間は止まっている。
 もう一度はじめから考え直す必要があった。サブマリンエアポートのバックアップを受けてない、法を犯して出てきた僕が海や川に触るのはあまり良い事とは言えない。その気になれば上陸した者として強い態度をとる事も出来る気がするけれど、協力する気も起きなかった。プロジェクトの胡散臭さを入れれば、その気持ちはもっと倍増した。サブマリンエアポートに協力するのは本当に最後の切り札にすればいい。この噴水だってずっとたどれば海に通じているかもしれない。それに気付いて僕は池から出た。もう20時間以上噴水に入っていたから、もしかすると時の波紋は海まで届き、サブマリンエアポートが動いている可能性は大だった。でもまた今はもう時は動かない。彼らに出来る事は何も無い。

 僕はもう一度学校に戻った。僕が夢から出た途端、時は止まったのだ。何かしら彼女が関係しているはずだった。あいかわらず光は強く、冷たい空気が僕を取り囲んでいた。時をかき分けるようにして僕は屋上に上がった。彼女はやっぱり眠っていた。そしてやっぱりきれいな寝顔だった。
 僕は彼女の時を動かすのは水だと思っていた。水が彼女を包み込めば、彼女の時は動き出し、彼女から何か聞き出せるはずだ。地上の事は彼女のほうが僕よりずっと詳しい。問題はどうやって聞き出すかだった。水中で話をするのは彼女には無理だろうし、突然水の中に入れてしまったら彼女はとても驚いてしまうだろう。彼女が眠ったまま、彼女の時が動くのが一番よかった。僕はコンピューターを使って彼女の夢の中で話をすればいい。でもそれには噴水の水は冷たすぎた。
 僕は彼女がその中でも眠っていられるような温度の水を探す事にした。僕は学校を出た。ふと、今度はいつ寝ようかなと思った。
 止まった時の中でちょうど良い温度の水を探すのはそれほど大変な作業ではなかった。民家に入ったところ、小さな水だめがあったからだ。大抵の家のドアには鍵がかかっていなかった。結局きちんと温かい水の入った水だめを見つけたのは7件目だった。とても理想的だった。水はどこにもつながらず、サブマリンエアポートを動かす事も無い。僕はまずその家にいた女性を苦労して学校の近くまで運び出した。万が一時間が動き出しても、慌てて家を出る必要は無い。驚くだろうなあと思ったが、仕方なかった。それから屋上にいる彼女を抱き抱え、水だめの前までなんとかやってきた。水に入れる時、彼女の服を脱がすべきなのか、僕はひどく迷った。止まった時の中の無防備な女の子の服を脱がすのはとてもひどい事だけれど、僕は彼女の服を脱がしてみたかった。そして今は、どちらかと言えば脱がしたほうが自然な状態なのだ。
 でも結局、僕は彼女を服のまま水の中に入れた。(実際、固まっていたし。)僕が触っていない水の時は止まっていて、彼女はひざを抱えたまま水に入り、全然濡れていなかった。不思議な感じだった。強い表面張力を持った女の子。
 僕は引き返して、置いてきたコンピューターを取りに行った。最初にやったように、僕は彼女の夢の中で話をするのだ。今度は僕自身が入らなくても、コンピューターがイメージ体を彼女の夢に送り込んでくれる。方法は二つあったけれど、それが簡単な方法だった。
 僕は準備を整え、水だめのへりに腰掛けた。コンピューターを待機状態にして、短いホースを手にした。水に手を入れると同時にホースで彼女が呼吸出来るようにして、コンピューターの待機を解除した。