Tokyo Submarine Airport 1999-2006 04

 真夜中に何か食べたくなり、冷蔵庫のドアを開けたらコンクリートの階段が下へ続いていた。もちろん階段はひんやりしていた。冷蔵庫のライトは途中までしか届かなかった。

 僕は混乱して、小さな音で聞いていたMDウォークマンを部屋に取りに行った。そして真夜中にふさわしい音楽を聞きながら、気を取り直して冷蔵庫のところまで行ってみた。状況は全く変わっていなかった。開けっ放しのドアからは冷たい空気がひゅおおおという感じで少しずつ漏れていた。

 僕はドアを閉めてみた。そしてもう一度開けてみた。でも同じだった。

 「ふう。」僕はため息をついて、靴と手袋とジャケットと懐中電灯を持ってきた。冷蔵庫の下には求めているものがあるかもしれないし、そもそもたしか冷えたミネラルウォーターが飲みたかったのだ。冷蔵庫に靴を履いて入る事は抵抗があったけれど、もうそれはただのコンクリートの階段なんだと自分に言い聞かせた。階段の中は思っていたほど湿ってはいなかった。むしろ乾燥している。音が妙な響き方をした。自分の足音は自分の足音に聞こえず、ウォークマンで聞いていた音楽は階段で広がって、深海のダイバーを思い浮かばせた。それはあまり僕をいい気分にさせてくれなかったので、音楽を停止した。ウォークマンはヴヴヴガガ…ヴィーンという音を立てて、奇妙に振動しながら止まった。立ち止まっていたので、その音が消えた時、不思議な静寂が訪れた。

 僕はそこに5分くらい立っていたように思う。静寂の中にさっきの停止音が耳鳴りのように残っていたような気がしたからだ。もう一度再生ボタンを押してみても、ウォークマンは動かなかった。死んでしまったのだ。いつのまにか、入ってきたドアの明かりは消えていた。何かの拍子に懐中電灯まで消えてしまったので、あたりは真の闇に包まれた。どうしてバックライト付きの時計とか食べ物を持ってこなかったんだろう?でも考えてみれば、ここでは時が普通に流れているわけはないし、冷蔵庫に入っているべき食べ物もそこには無かったし、こんな地中深くに入ってしまうとは思っても見なかったのだ。少し歌を歌ってみたが、それはトランシーバーから聞こえてくる声のようにひずみ、ゆがんで響いた。事態は全く変わらなかった。
 戻っても仕方が無い。(もう明かりは消えてしまっている。)先に進むしか無いみたいだった。
 その先の階段はらせん状になっていた。僕は壁伝いにぐるぐるとらせんを下って行った。冷たい空気が下から吹き上げた。

 どれくらいたったのかわからなくなった頃、下の方に明かりが見えた。小さな、薄い白い明かりだ。僕はその明かりへ階段を下った。

 らせん階段はそこで終わっていた。ぷっつりと。四角く切り取られたようなその出口からは砂漠が広がっていた。月夜の砂漠だった。砂漠というものなんて知りもしなかったし、エジプトには行った事も無かった。(だってそこは観光客にはあまりに危険なのよ。反政府ゲリラが観光客を標的にテロを行うの。ずっとあとで彼女は言った。)
 とても鋭い月が砂漠を照らしていた。白く薄い光だった。その鋭い光で僕は照らされた。何かから監視されているようだった。
 僕は占い師が、「鋭い月は山羊座のあなたに大きな影響を与えます。それは概ね、悪いことかもしれません。」と言ったのをふと思い出した。遠くから笛の音が聞こえた。月の光に照らされた地平線に幻が見えた。あたりはとても寒いようだったが、僕は何も感じなかった。ここは昼熱いんだという思いがなぜか自然に頭に入ってきた。

 ふと僕が振り返ると、下りてきたはずの階段が砂漠の下に向かっていた。階段の入り口だけが砂漠の上に出ている。僕が今まで下りてきたのは?辺りを見回しても上にのびる建物や階段が入っているタワーのようなものは見あたらなかった。エッシャーのだまし絵みたいだなと思った。
 笛の音はいつのまにか鳴りやんでいた。僕は寒さで動けなくなっていた。冷たい砂漠に倒れた僕の顔を、どこからかやって来たラクダが悲しそうになめた。ともかく階段まで行かなくちゃと思った。