weird (prequel) トワイライト・ストーリー

丸ノ内線の終電が終点の茗荷谷に到着し、
降りたときから何か少しずれたような空気が流れていた。
仕事を終えて最寄りの駅まで歩いたときはとても寒かったのにも
関わらず、どちらかと言えばなま暖かい風が吹いていた。

奇妙な風に乗って大きなポプラの葉が坂道を覆っていた。
カサカサ、パリパリと葉が足下で音を立てて、
坂を上り、ふと見上げると、街灯の白い光の横に
月が真っ白な真円となって空に浮かんでいた。

そもそもそれほど気乗りしない飲み会に参加し、めずらしく
何杯かアルコールを口にしたからこんなに風が暖かく感じるんだろう。

その公園は住宅の間の、小さな車がやっと入れるくらいの幅の
道が何度も90度に折れ曲がった先にあった。公園にたどり着く
残りの二つの道のうち一つは階段で、もう一つは人がやっと1人通れるくらいの
狭い、家と家の間を通った路地だった。
知らなければそんな公園にたどり着くことは出来ない。
たとえたどり着いても、寂れた小さな砂場と、
ブランコが2つある15m四方くらいの隠されたような空間があるだけだ。

僕はトイレに行きたくてそのような込み入った場所にある公園に行ったのだ。
路地裏を抜ければそれほど遠回りにはならない。

住宅地の道を折れ曲がり、公園の入り口にたどり着いたとき
手のひらくらいの小さな人らしきものが、3人でリスの乗り物を点検していた。
おそらくそれは点検していたのだろうと思う。リスは既に塗装の大部分がはげて
しまっており、片目になっていた。3人のうち1人はしっぽに乗っていた。
残りの二人は塗装のはげ具合を確かめるように、なにやら思案しているように
少し距離を置いてリスを眺めていた。

真夜中を過ぎた時間にもかかわらず、
満月と都会の出す光が薄い雲に反射して奇妙に明るかった。
僕は視界の左に点検する3人を捕らえながら、足早にトイレに向かった。
3人は僕には何も興味を持っていないように思えたし、そもそも僕はトイレに
行きたかったのだ。

ただし、僕の視界から3人が消えた後、彼らが僕の方をいっせいに向いたような
気配があった。申し合わせたような動作の気配が、何かの暗示のように伝わってきた。

コンコン

ノックだった。トイレに僕が入っている事は明らかだし、彼ら以外にノックする人が
いるとも思えなかった。僕は少し頭を整理してからトイレを出た。
3人は砂場の近くに移動しており、僕はそちらに向かって歩いていった。
3人の前に立つと、彼らはおもむろに僕の右足の周りに集まり、足を持ち上げようとした。
しかしそれほど力が無いのだろう。足は持ち上がらなかった。

意味が良く分からなかったが踏みつぶしてしまうと困ると思い、
足を少し上げると彼らは僕の買ったばかりの革靴をすっぽりと脱がし、
1人がどこかに持って行ってしまった。

ちょっとそれはひどいんじゃないかと思ったが、同時に納得した。なるほど。
僕は片足で立つ羽目になり、その場からちょっと動けなくなってしまったからだ。
1日中慣れない立ち仕事で疲れていたし、本当に動く気がしなくなってしまっていた。
きっと彼らにとっては、僕が逃げないようにする必要があったんだろう。

「ネコさんから話があるです」
靴をどこかに置いて戻ってきた1人が、小さな声でささやいた。
ささやきは暖かい風に乗って、どこからともなく聞こえてきた。
あるいはそれは頭の中に直接響いていたのかもしれなかった。

続く