tokyo adrift 2006 03

 車の中に風が吹き込んで、すごい勢いでドアがしまった直後2人ともずぶ濡れだった。

 対岸に見えるはずの空港は誘導灯だけが淡くほぼ真っ暗だった。
こんな時間に、こんな天気で飛ぶ飛行機は無いのだ。終電が終わってから
走り出す貨物列車のように、あるいはサン・テグジュペリの夜間飛行のように、
飛ぶ飛行機があるかもしれないと少し期待していたのだけど。
目の前に広がる黒い海と真っ暗な対岸とすごい勢いで染みこんでくる雨が
僕の気分を少し曇らせた。まあでも台風しに来たのだからこれくらいは許容範囲だ。

 左にリサイクル工場を見ながら海の方向へ歩いた。
リサイクル工場が出来たばかりの頃、工場の建物そのものが
ポストモダニズムの建築スタイルを象徴する建築として、
そして工場内でモダンアートの展示をしていて見に来た事があり、僕はそこを知っていた。

 嵐の夜にも関わらず、鋭利な角度で空を切る屋根と
白と灰色の中間で統一された重機がライトアップによって近未来的な、
つまり女の子と2人でいるにはうってつけな誰も知らない空間を作っている。

 さらに海の方へと歩いてみる。未舗装の土が「くにゃり」として
泥水が染みこむ気配がする。まともな靴を履いてこなくて良かったなと思う。
風が強くて時折体が流される。潮の臭い。海岸に近寄るのは少し怖いくらいだ。

 女の子はトト、と地面を確かめるようにステップすると
両手を広げ飛行機の真似をしたつもりなのか、風を確かめるような仕草をしてから、
大きく旋回するような動作をして僕に近づいて何か話した。
何だって?左バンク?確かに左に綺麗に旋回したけど。
雨と風が激しすぎて聞き取れなかった。

 女の子は僕の耳に口をほとんどくっつけて、ほとんど叫ぶようにして話した。

「ちょっと散歩してくる」

全 然左バンクなんかじゃない。
僕はその聞き間違いにおかしくなって1人でくすくす笑い、おっけー行ってらっしゃいと
身振りで示して飛行場の淡い光を見ていた。

 もちろん僕はこれから女の子と一緒に部屋に帰って
一緒にシャワーを浴びるかもしれないなとどきどきしていたし、
女の子に初めて会った時もと同じようにして
ほとんど叫ぶようにして話していた事を思い出して空想、
– この場合妄想かも知れないけれど – にふけっていた。